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Posted by ミリタリーブログ  at 

2014年08月17日

モガディシュの戦い デルタ装備考察

最近ロシア関連の記事ばっかりなので、たまには米軍関連の記事を書いていきたいと思います。

テーマは「モガディシュの戦闘」でのデルタ装備です。

「モガディシュの戦闘」と言えば、あの映画「ブラックホーク・ダウン」の題材となった戦闘ですね。

「モガディシュの戦闘」の発生した1993年10月3日は、ちょうど同じ日にロシアで「モスクワ騒乱事件」と呼ばれる
反エリツィン大統領陣営によるクーデーターを目的とした最高会議ビル占拠事件があったので、当時は全然注目されなかったようです。

それが今では「ブラックホーク・ダウン」の事は知ってても、「10月政変・モスクワ騒乱事件」は知らないという人が多いんじゃないでしょうか?
やはりメディアの力は凄いです(^^;

■ポール・ハウ様と、その仲間達

こうして見ると壮観ですね。映画「ブラックホーク・ダウン」のデルタ兵より装備に凄みが感じられます。
アーマーの胸に貼られたでかい米国旗パッチはこの頃からデルタの伝統だったんですね。
ヘルメットは映画と同じように全員ハーフカットのプロテックヘルメットのようです。

ブーツは全員官給品のデザートブーツみたいですね。
ちなみに同日一緒に戦ったシールチーム6のハワードEワーズディン一等兵曹はアディダスのGSG9ブーツを履いていたとの事です。

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タグ :デルタ


Posted by e@g1e  at 04:14Comments(13)戦史

2014年08月16日

ベスラン学校占拠事件 "ロシアの戦車"

「ベスラン 事実と神話」を見ていると”Русский Танк”(ロシアの戦車)とタグ付けされた画像があります。

ここに写っている人物はこのサイトに掲載されている彼の娘さん?の記事によると、
どうやら救出作戦中に亡くなられて、死後ロシア連邦英雄を授章されたドミトリー・ラズモフスキー中佐の弟である
"ヴィンペル"隊員の"Максим"(マキシム)氏らしいです。

15-46-15-(3-C5-U3-11)


記事によると、兄のドミトリー・ラズモフスキー中佐とはチェチェン、ダゲスタンやイングーシでも一緒に行動されたそうです。

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Posted by e@g1e  at 15:20Comments(0)ソビエト・ロシア関連戦史

2014年08月15日

ベスラン学校占拠事件 MVDスペツナズ

前回紹介した「ベスラン 事実と神話」というサイトの中でFSBスペツナズ"アルファ"と紹介されている画像があるのですが、
どうも被ってるヘルメットが「Altynヘルメット」ではなく「K6-3ヘルメット」みたいなんです。


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Posted by e@g1e  at 18:03Comments(0)ソビエト・ロシア関連戦史

2014年08月15日

ベスラン学校占拠事件(2004年9月1日~9月3日)

もうすぐロシアの北オセチア共和国ベスラン市のベスラン第一中等学校が占拠されて
1181人が人質となり、386人以上が死亡した
ベスラン学校占拠事件(2004年9月1日~9月3日)から丁度10年が経とうとしています。


未だに謎の多いこの事件なのですが、当時現場で何が起こったのかが「ベスラン 事実と神話」という
ベスラン学校占拠事件を扱ったまとめサイト(ロシア語)で現在でも活発に議論されているようです。

その「ベスラン 事実と神話」にて、今までに出回っている写真を
 ・撮影された時刻
 ・撮影された場所
 ・撮影された角度

を明らかにして時系列順に並べて解説しているページがあるので、今日はそのページの閲覧方法をご紹介したいと思います。

※リンク先には流血や死体画像などが掲載されています。それらが苦手な方は参照しないようにお願いします。
※またトップページにも記載されていますが、写真の解説が間違っている可能性もあるのでご注意下さい。

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Posted by e@g1e  at 15:09Comments(0)ソビエト・ロシア関連戦史

2009年03月17日

TaskForce20

デルタ大好きっ子である自分は、少し前にデルタの人達と思われる画像を入手したのですが
大好きなだけで軍事知識が乏しい自分には彼らがいつどこで何をしている場面かサッパリ解りませんでした。


※一部画像を加工しております。

しかし最近通勤電車の中で「図説 イラク戦争とアメリカ占領軍」という本の「ウダイ、クサイ捕殺作戦」
という項目を読んで完全に理解してしまいました。

ご存知の方も多いと思いますがここで米軍によって行われたウダイ、クサイ(サダム・フセインの息子)
捕殺作戦について簡単にご紹介します。




「ウダイ、クサイ捕殺作戦」
■場所
2003年7月22日 イラク北部 モスル市

■作戦参加部隊兵力
101空挺師団(歩兵,武装ハンヴィー,偵察ヘリ,攻撃ヘリ等)
タスクフォース20(デルタ等)
米空軍(A-10サンダーボルト)
イラク警察
総勢200名

■標的
フセインの息子(ウダイ、クサイ)
クサイの息子(ムスタファ)
ボディガード1名
総勢4名

■作戦内容
21日夜
邸宅の持ち主であるザイダン氏(後に米国に亡命)が米軍にフセインの息子の居場所を密告

22日早朝
ザイダン氏一家が邸宅を脱出 → 米軍包囲開始

10:00
包囲完了、拡声器で投降呼掛け → 投降拒否

10:10
TF20突入 → 失敗(突入隊3人と外の空挺兵1人が死傷)

10:45
突入準備攻撃
M2重機関銃やMk19自動擲弾銃、AT4ロケット2発で邸宅を攻撃 → 60cmのコンクリート壁に阻まれて効果無し

11:45
ヘリ攻撃
OH-58Dヘリ2機より重機関銃弾350発と70mmロケット弾4発発射 → ロケット弾は全て目標を外れる

12:00
TF20突入 → 激しい銃撃を受け突入を断念

13:00
第2次突入準備攻撃
TOW対戦車ミサイル10発発射 → バリケードに籠っていたクサイ氏ら3人が死亡




13:21
TF20突入 → 寝室で最後の1人を殺害し作戦終了

参考文献:「図説 イラク戦争とアメリカ占領軍」


もうお分かりだと思いますが、最初の画像はクサイ氏(もしくはボディガード)の死体を
瓦礫の中から引きずり出しているTF20の図だったんですね。

なお英軍研究家であるStandby!=PRS=の0x1EE氏によると
米軍が包囲する前(密告のあった夜~次の日の早朝?)に英国特殊部隊「SAS」は彼らが潜伏
している邸宅を調査し、「32名のSAS隊員を送り込めば確実に標的を確保出来る」と進言するも
米軍は目立ちたがりだから自分達でやると却下されたらしいです。
ソース:http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article2461368.ece

作戦の是非はともかく、やはり米軍にはMICH2001ヘルメットを被りパラクレイト製品で全身を固めて
メインアームにM4 MREカスタム、サイドアームにカスタムガバを装備している謎の部隊が存在するみたいです。

おまけ:この顔に、ピンと来たら、死んだフリ!  

Posted by e@g1e  at 02:47Comments(3)戦史